キリスト信者のブッダ
「聖☆おにいさん2」も、なかなか笑えました。相変わらず、宗教ネタ満載で。
この2人、神業を使うから、瞬間的に願望が実現しちゃいます。クリスマスに七面鳥が食べたいと言えば、玄関口に七面鳥が立ってたり。道でタクシーが止まってくれなくても、鹿が現れて、乗せてってくれたり。
かと思えば、「西洋の笑いは大味で、アジアの笑いは繊細だ」とブッダがこぼしてみたりするところはとても人間臭いし。
お互いの事を思いやり、労わり合うイエス君とブッダ君。
イエス君のことを信じてるから、「そういう大きな意味で、私はキリスト信者だよ」とまで言ってしまうブッダ君。宗教を超えた愛です。本来、愛ってそうなのでしょ。
確か、中村天風さんの「成功の実現」にも「愛とは太陽のようなものだ」ってありました。
「あの娘は可愛いから照らしてあげるけど、犬の糞は汚いから照らさないという太陽はないんです。」って。
お互いを照らしあうイエス君とブッダ君。こういう2人のような関係に憧れます。
この2人、神業を使うから、瞬間的に願望が実現しちゃいます。クリスマスに七面鳥が食べたいと言えば、玄関口に七面鳥が立ってたり。道でタクシーが止まってくれなくても、鹿が現れて、乗せてってくれたり。
かと思えば、「西洋の笑いは大味で、アジアの笑いは繊細だ」とブッダがこぼしてみたりするところはとても人間臭いし。
お互いの事を思いやり、労わり合うイエス君とブッダ君。
イエス君のことを信じてるから、「そういう大きな意味で、私はキリスト信者だよ」とまで言ってしまうブッダ君。宗教を超えた愛です。本来、愛ってそうなのでしょ。
確か、中村天風さんの「成功の実現」にも「愛とは太陽のようなものだ」ってありました。
「あの娘は可愛いから照らしてあげるけど、犬の糞は汚いから照らさないという太陽はないんです。」って。
お互いを照らしあうイエス君とブッダ君。こういう2人のような関係に憧れます。
奇跡のリンゴ
リンゴが好きなので、この本を買ってみました。「奇跡のリンゴ」。
NHKの「プロジェクトX」でも取り上げられたそうなので、「まあ、よくある感じの涙と苦労のお話かな」と高を括って読み始めたところ、そんな想像を軽く凌駕するような哲学的ですらあるリンゴ農家の一代記です。電車の中で読んで、二度ほど涙がこぼれそうになりました。
その中からいくつか抜粋。
木村がリンゴの木に声をかけるのは、心からリンゴの木に感謝しているからだ。相手が聞いているかどうかは問題ではない。リンゴの木は、リンゴという果実を生産する機械ではない。リンゴの木もまた、この世に生を受けたひとつの命なのだ。当たり前のことのようだけれど、心からそうだと思えることとは別の話だ。彼はその事を誰よりもよく知っている。だからリンゴに声をかける。木村は人という生き物として、リンゴという生き物と向かい合っている。 P.112より
自然の中に、孤立して生きている命はないのだと思った。ここではすべての命が、他の命と関わり合い、支え合って生きていた。そんなことわかっていたはずなのに、リンゴを守ろうとするあまり、そのいちばん大切な事を忘れていた。 P.126より
自分にはもう何も出来ることはないと思っていたのが、まるで嘘のようだった。何もできないと思っていたのは、何も見ていなかったからだ。目に見える部分ばかりに気を取られて、目に見えないものを見る努力を忘れていた。 P.129-130より
リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているわけではない。周りの自然の中で、生かされている生き物なわけだ。人間もそうなんだよ。人間はそのことを忘れてしまって、自分独りで生きていると思っている。 P.131より
自然の中には、害虫も益虫もいない。木村はその当たり前の真実に気づいたのだ。人間が害虫と呼ぶ虫がいるから、益虫も生きられる。喰う者と喰われる者がいるから自然のバランスは保たれている。そこに善悪はない。病気や虫の激発にしても、バランスを回復させようとする自然の働きなのではないか。 P.154-155より
病気も自然の一部なのだ。 P.159より
リンゴの木がリンゴの木だけでは生きられないようにな、人間もさ、一人で生きているわけではない。私もな、自分独りで苦労しているようなつもりでいたけどよ、周りで支えてくれる人がいなかったら、とてもここまでやって来られなかった。 P.178より
現代の子供たちに、免疫系の疾患が増えていることは周知の事だが、肥料を与えすぎたリンゴ木にも似たようなことが起きるのではないか。その結果、自然の抵抗力を失い、農薬なしには、害虫や病気に勝つことが出来なくなるのではないかと木村は言う。・・・・一つだけ言えるのは、こうすればああなるという、一対一の因果関係ではないということだ。 P.187より
私の陳腐な説明よりも、一読をオススメします。
単に、今までに無い農法を手探りで探し当てた男の話ではなく、非常に多くのことを示唆している本でした。
NHKの「プロジェクトX」でも取り上げられたそうなので、「まあ、よくある感じの涙と苦労のお話かな」と高を括って読み始めたところ、そんな想像を軽く凌駕するような哲学的ですらあるリンゴ農家の一代記です。電車の中で読んで、二度ほど涙がこぼれそうになりました。
その中からいくつか抜粋。
木村がリンゴの木に声をかけるのは、心からリンゴの木に感謝しているからだ。相手が聞いているかどうかは問題ではない。リンゴの木は、リンゴという果実を生産する機械ではない。リンゴの木もまた、この世に生を受けたひとつの命なのだ。当たり前のことのようだけれど、心からそうだと思えることとは別の話だ。彼はその事を誰よりもよく知っている。だからリンゴに声をかける。木村は人という生き物として、リンゴという生き物と向かい合っている。 P.112より
自然の中に、孤立して生きている命はないのだと思った。ここではすべての命が、他の命と関わり合い、支え合って生きていた。そんなことわかっていたはずなのに、リンゴを守ろうとするあまり、そのいちばん大切な事を忘れていた。 P.126より
自分にはもう何も出来ることはないと思っていたのが、まるで嘘のようだった。何もできないと思っていたのは、何も見ていなかったからだ。目に見える部分ばかりに気を取られて、目に見えないものを見る努力を忘れていた。 P.129-130より
リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているわけではない。周りの自然の中で、生かされている生き物なわけだ。人間もそうなんだよ。人間はそのことを忘れてしまって、自分独りで生きていると思っている。 P.131より
自然の中には、害虫も益虫もいない。木村はその当たり前の真実に気づいたのだ。人間が害虫と呼ぶ虫がいるから、益虫も生きられる。喰う者と喰われる者がいるから自然のバランスは保たれている。そこに善悪はない。病気や虫の激発にしても、バランスを回復させようとする自然の働きなのではないか。 P.154-155より
病気も自然の一部なのだ。 P.159より
リンゴの木がリンゴの木だけでは生きられないようにな、人間もさ、一人で生きているわけではない。私もな、自分独りで苦労しているようなつもりでいたけどよ、周りで支えてくれる人がいなかったら、とてもここまでやって来られなかった。 P.178より
現代の子供たちに、免疫系の疾患が増えていることは周知の事だが、肥料を与えすぎたリンゴ木にも似たようなことが起きるのではないか。その結果、自然の抵抗力を失い、農薬なしには、害虫や病気に勝つことが出来なくなるのではないかと木村は言う。・・・・一つだけ言えるのは、こうすればああなるという、一対一の因果関係ではないということだ。 P.187より
私の陳腐な説明よりも、一読をオススメします。
単に、今までに無い農法を手探りで探し当てた男の話ではなく、非常に多くのことを示唆している本でした。
ほんとうの「問題」は何なのか
今日の都内は大変だったようですね、雨が。
こういう集中豪雨や台風、竜巻などの自然災害の原因は、「地球温暖化」に行き着くことが最近多いように感じます。
地球を守るのは大事です。地球がないと人間は生きていけないですし。これには異議なし。人間以外の生物、自然を守るのも当然です。こういう活動はドンドン行われて然るべきです。前提として、人間なんて自然の一部にしか過ぎないわけですし。
ただ、昨今の「二酸化炭素悪玉説」や大きく捉えた意味での「エコビジネス」ってどうなのかなと思ってました。「二酸化炭素を出さなければ、それで万時OK」「我が社はエコに気を遣っています。だから、ヨロシク」という在り方を見るにつけ、漠然とした違和感を感じてました。無理に「エコ」にこじつけたCMもあるし。
「ほんとうの環境問題」を読んで、そのあたりのモヤモヤ感が払拭されました。
ノーベル平和賞まで獲ったアル・ゴアさんにとって「不都合な真実」がいろいろあるのは、方々から聞いています。この一大ムーヴメントも、最初は「良いこと」だと、私も思いました。
私は学者ではないのでデータ分析もできませんし、賛否両論の意見の中から、直感的に「ピンとくる」意見を選んで信じているだけです。だから、根拠もありませんし、真実も分りません。
ただ、「盲目的に皆が流される」という状態が好きではないだけです。
こういう集中豪雨や台風、竜巻などの自然災害の原因は、「地球温暖化」に行き着くことが最近多いように感じます。
地球を守るのは大事です。地球がないと人間は生きていけないですし。これには異議なし。人間以外の生物、自然を守るのも当然です。こういう活動はドンドン行われて然るべきです。前提として、人間なんて自然の一部にしか過ぎないわけですし。
ただ、昨今の「二酸化炭素悪玉説」や大きく捉えた意味での「エコビジネス」ってどうなのかなと思ってました。「二酸化炭素を出さなければ、それで万時OK」「我が社はエコに気を遣っています。だから、ヨロシク」という在り方を見るにつけ、漠然とした違和感を感じてました。無理に「エコ」にこじつけたCMもあるし。
「ほんとうの環境問題」を読んで、そのあたりのモヤモヤ感が払拭されました。
ノーベル平和賞まで獲ったアル・ゴアさんにとって「不都合な真実」がいろいろあるのは、方々から聞いています。この一大ムーヴメントも、最初は「良いこと」だと、私も思いました。
私は学者ではないのでデータ分析もできませんし、賛否両論の意見の中から、直感的に「ピンとくる」意見を選んで信じているだけです。だから、根拠もありませんし、真実も分りません。
ただ、「盲目的に皆が流される」という状態が好きではないだけです。
NG上司に煩わされない方法
日垣隆さんの「ラクをしないと成果は出ない」を読みました。
仕事の鉄則ということで100カ条の提案が出されています。これ、結構、面白かったです。決して「楽をして怠ける」とか「ズルをする」なんてことではなく、自分の巾を広げたり、自分に深みを出すための提案だと理解しました。
たとえば、40番目にこうあります。「NG上司に煩わされない」
これ、誰もが一度はぶち当たる壁だと思います。
私はよくぶち当たっていました。他の部署や他のグループ、他の会社からも「あぁ、アノ人の下なんだ・・・・大変だね。」と同情される始末。胃潰瘍になった事もあります。
話がそれましたが、この本によると、NG上司は3種類。
1 : 口出しする人
2 : 手柄を取りたがる人
3 : ケチつける人
そんな上司に対して「バカな上司だ」と思いながら振りまわされてストレスを溜めているのは、完全に負けている証拠だそうですよ。解決法は、いずれのNG上司に対しても「この人からでも、2割は学べることがある」と思うのがコツだそうです。
まあ、そう言われれば、そうですが・・・・・それができなくて悩んでる場合もありますが、それは自分の考え方の問題か・・・・などと渦巻く脳内。
最後に書いてあるポイントは「上司と揉めるというのは、野蛮な行為」。
そこまで言われれば、「確かに」と認めざるを得ません。
最後のポイントがなかなか秀逸で、他にも・・・・
「失敗の原因を探すとき、自分を除外してはならない」
「時には、日本語ネイティブ同士でも通訳が必要」
「0か100かより、腹八分目」
「そういうものだ、と思えば、そういうもの、になる」
「正義の味方より、リアリストであれ」
「義理で出席するほど愚かなことはない」
「勉強は大人になるほど楽しくなる」
「運命はその人に背負える荷物しか背負わせない」
「子供と一緒に自分も育てよう」
結構、ヒット作でした。
仕事の鉄則ということで100カ条の提案が出されています。これ、結構、面白かったです。決して「楽をして怠ける」とか「ズルをする」なんてことではなく、自分の巾を広げたり、自分に深みを出すための提案だと理解しました。
たとえば、40番目にこうあります。「NG上司に煩わされない」
これ、誰もが一度はぶち当たる壁だと思います。
私はよくぶち当たっていました。他の部署や他のグループ、他の会社からも「あぁ、アノ人の下なんだ・・・・大変だね。」と同情される始末。胃潰瘍になった事もあります。
話がそれましたが、この本によると、NG上司は3種類。
1 : 口出しする人
2 : 手柄を取りたがる人
3 : ケチつける人
そんな上司に対して「バカな上司だ」と思いながら振りまわされてストレスを溜めているのは、完全に負けている証拠だそうですよ。解決法は、いずれのNG上司に対しても「この人からでも、2割は学べることがある」と思うのがコツだそうです。
まあ、そう言われれば、そうですが・・・・・それができなくて悩んでる場合もありますが、それは自分の考え方の問題か・・・・などと渦巻く脳内。
最後に書いてあるポイントは「上司と揉めるというのは、野蛮な行為」。
そこまで言われれば、「確かに」と認めざるを得ません。
最後のポイントがなかなか秀逸で、他にも・・・・
「失敗の原因を探すとき、自分を除外してはならない」
「時には、日本語ネイティブ同士でも通訳が必要」
「0か100かより、腹八分目」
「そういうものだ、と思えば、そういうもの、になる」
「正義の味方より、リアリストであれ」
「義理で出席するほど愚かなことはない」
「勉強は大人になるほど楽しくなる」
「運命はその人に背負える荷物しか背負わせない」
「子供と一緒に自分も育てよう」
結構、ヒット作でした。
浮気で痛い目に遭う
料理をしなくなって3日目。
したくないのではなく、出来ないのです。理由は、日曜日の夜に、指をケガしたので・・・。
それは、サラダに添える青じそをリズム良く刻んでいたときのこと。集中力が切れたのか、魔が差したのか、「あーっ!」と声を上げた時には中指の爪をグッサリと割っていました。長さ1cm程度の傷ですが、1/3は皮膚を切り、2/3は爪を割り。
出血は大したことなかったのですが、とにかく、生まれて初めてのこと。どうしてよいか分からず呆然とする自分が可笑しかったです。10年前に生まれて初めて皿を落として割った時のように、大人なのに呆然と立ち尽くす私。「あ・・・・・どうしよう・・・。」
物が触れると痛いので、大きめの絆創膏を巻き、指サック型の包帯で保護する。なんだかケガ人っぽい仕上がりです。物に触れないようにするために、常に、中指を立てています。あら、お行儀悪い。
それにしても、なぜ指を切ったのか、不思議で不思議で。かぼちゃ等の堅い物を切っていたのならまだしも、青じそですから。
でも、なんとなく、よそ事を考えていたような気が。先日よんだ「沈黙入門」に「意識の浮気」という言葉が出てきました。次から次に心に移り行く考え事に意識を向けると、今、目の前にあることが疎かになります。まさしく「意識の浮気」。浮気をすると痛い目に遭うという事を、こういう事例で実感。
浮気はいけません。痛い目に遭います。
したくないのではなく、出来ないのです。理由は、日曜日の夜に、指をケガしたので・・・。
それは、サラダに添える青じそをリズム良く刻んでいたときのこと。集中力が切れたのか、魔が差したのか、「あーっ!」と声を上げた時には中指の爪をグッサリと割っていました。長さ1cm程度の傷ですが、1/3は皮膚を切り、2/3は爪を割り。
出血は大したことなかったのですが、とにかく、生まれて初めてのこと。どうしてよいか分からず呆然とする自分が可笑しかったです。10年前に生まれて初めて皿を落として割った時のように、大人なのに呆然と立ち尽くす私。「あ・・・・・どうしよう・・・。」
物が触れると痛いので、大きめの絆創膏を巻き、指サック型の包帯で保護する。なんだかケガ人っぽい仕上がりです。物に触れないようにするために、常に、中指を立てています。あら、お行儀悪い。
それにしても、なぜ指を切ったのか、不思議で不思議で。かぼちゃ等の堅い物を切っていたのならまだしも、青じそですから。
でも、なんとなく、よそ事を考えていたような気が。先日よんだ「沈黙入門」に「意識の浮気」という言葉が出てきました。次から次に心に移り行く考え事に意識を向けると、今、目の前にあることが疎かになります。まさしく「意識の浮気」。浮気をすると痛い目に遭うという事を、こういう事例で実感。
浮気はいけません。痛い目に遭います。


